(第72回)アメリカの面白さと日本法の関連性(樋口範雄)

私の心に残る裁判例| 2024.05.01
より速く、より深く、より広く…生きた法である“判例”を届ける法律情報誌「判例時報」。過去に掲載された裁判例の中から、各分野の法律専門家が綴る“心に残る判決”についてのエッセイを連載。
判例時報社提供】

(毎月1回掲載予定)

外国における代理出産によって出生した子の出生届

1 民法が実親子関係を認めていない者の間にその成立を認める内容の外国裁判所の裁判と民訴法118条3号にいう公の秩序
2 女性が依頼者夫婦の女性の卵子を用いた生殖補助医療により子を懐胎し出産した場合における出生した子の母

最高裁判所平成19年3月23日第二小法廷決定
判例時報1967号36頁

私は、半世紀近くアメリカ法を中心にその面白さを伝えることを自らの任務としてきた。大陸法に属する日本と異なるアメリカ法は、判例法主義を基本として日本とは違う場面を示すと同時に、日本でも生ずるような事例が先だって問題となることが多かったからである。

たとえば、アメリカでは子どもの不法行為について親の責任を問うことが稀である。不良の子どもが事件を起こしても、それは親の不運であっても帰責事由ではないと不法行為法の代表的教科書で読んだときはびっくりするとともになるほどと感じた。日本では、2010年代になって最高裁判決で親の責任を否定する事例が現われた。認知症患者の家族が訴えられた例でも家族の責任が否定された。他の例としては、インフォームド・コンセントというアメリカで生まれた概念が、20年程度遅れて日本の医療や法でも受け入れられた。1960年代にアメリカではジェロントロジー(高齢者学)という学問横断的な分野が生まれ、高齢者法がその一翼を担った。超高齢社会の日本でこそ必要な法分野である。追随するかがまだわからない例の1つは同性婚の公認であるが、最近は日本のドラマ等で普通にこの問題が取り上げられるようになった。アメリカでは2003年には同性婚を認める州はなかったが、2015年の連邦最高裁判決によってすべての州で認められ、その変化のスピード感にあらためて驚かされた。ともかくアメリカで問題となったことが時差を置いて日本でも問題となる例をいくつも見てきた。

その1つが代理母の問題である。1988年、ニュージャージー州最高裁で、代理母に人工授精で出産を依頼した夫婦とそれを受けて出産した代理母(血縁上も母)との間で養育権をめぐる争いが、父に養育権を認める形で決着した。その後、アメリカではこのような紛争を防止するため、夫婦の精子と卵子で体外受精させて懐胎だけを依頼する代理母が主流となった。その中で、日本の有名タレントがネバダ州の法的手続きに則り懐胎代理母の助けで夫婦と血縁関係のある子どもを得て帰国し、品川区に出した出生届が受理されず訴訟となった。2007年、最高裁は出生届を受理するよう命じた東京高裁決定を覆し、本件の母は出産したネバダ州女性だとした。ただし、特別養子縁組の可能性があると明示して。実際、後に子どもはそれによって夫婦の子となっている。わが国の最高裁が何を守ったのかが大いに疑問である。


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樋口範雄(ひぐちのりお 武蔵野大学特任教授)
1951年生まれ。学習院大学、東京大学大学院法学政治学研究科(東京大学名誉教授)を経て現職。著書に、『フィデュシャリー[信認]の時代』(有斐閣、1999年)、『はじめてのアメリカ法〔補訂版〕』(有斐閣、2013年)、『アメリカ家族法』(弘文堂、2021年)、『アメリカ人が驚く日本法』(商事法務、2021年)、『アメリカ契約法〔第3版〕』(弘文堂、2022年、1994年初版)など。