(第70回)「日本型雇用」の行く末と就業規則法理(池田悠)
【判例時報社提供】
(毎月1回掲載予定)
秋北バス事件
55歳停年制を新たに定めた就業規則の改正の効力
最高裁判所昭和43年12月25日大法廷判決
判例時報542号14頁掲載
就業規則は、一定規模以上の使用者に対して、労働基準法上、事業場ごとに作成が義務づけられ、法令または労働協約の定めに反しない限りで、労働契約に対する最低基準効を有している。しかし、就業規則の作成・変更過程において、労働者や労働組合などの同意は必要とされず、使用者が一方的に作成・変更できるものとされている。本判決は、このような就業規則の法的性質に関して独自の解釈を展開した上で、合理性のある就業規則変更について労働者への一方的な拘束力を認める「就業規則法理」を、最高裁大法廷として定立したものである。
本判決は、私自身も学生時分にそうであったように、労働法を一度でも学んだことがある人なら必ず勉強する基本の基とも言うべき判決である。その理由は、当然、通常の契約理論からは説明が難しい重大な法的効果をもたらす判例法理を、最高裁が独自に打ち立てたというところにある。しかも、その射程は、正社員・非正社員の別を問わず、就業規則によって設定し得るあらゆる労働条件に対して及ぶものとされる一方で、いざとなれば合理性の欠如を理由に労働者の保護も図れるという、まさに万能の労働条件設定規範である。
しかし、そんなファースト・コンタクトから10年以上の時を経て、労働判例百選において本判決の紹介を割り当てられた労働法研究者という立場になってみると、本判決の違った意義が見えてくる。それは、当時、高度経済成長期の只中にあったわが国において、いわゆる日本型雇用システムの確立に本判決が大きく寄与したということである。日本型雇用というと、解雇権濫用法理によってもたらされる長期雇用慣行に注目が向けられがちであるが、賃金・労働時間などの労働条件や使用者の人事権を通した解雇以外の労働力調整を広範に可能とする就業規則法理があってこそ、長期雇用慣行も実現していたと言って過言ではない。その結果、2007年に労働契約法が制定された際には、先行する解雇権濫用法理の後を追うように就業規則法理も成文化されるに至った。
しかし、そんな沿革的経緯にもかかわらず、バブル経済崩壊後の社会経済情勢の変化や働き方改革などの政治的動向が相まって、日本型雇用はもはや前時代の遺物のような扱いを受ける存在になりつつある。最近も、こうした日本型雇用からの脱却をアピールする一環として、いわゆるジョブ型雇用が注目を集めている。これを労働契約における約定を中核とする欧米型雇用への移行として評価する向きもあるが、多くの企業は、職務分掌の明確化や職務給制度の導入など、職務や職位などに応じた労働条件を設定する就業規則へと移行することを以って、ジョブ型雇用と標榜している節がある。
つまり、本判決が定立した就業規則法理を屋台骨にして展開した日本型雇用という言葉は廃れつつあるものの、その先にある雇用のあり方は、あくまで就業規則法理の存在を出発点に据えて考えられているのである。それほどまでに就業規則法理がわが国の雇用に深く根差しているということなのだが、労働契約法による成文化を経ているとはいえ、日本型雇用というレガシーの生みの親である就業規則法理がそのレガシーを離れても同じように機能し得るのか、あらためて精査すべき段階にあるようにも思われる。
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1983年生まれ。東京大学大学院法学政治学研究科講師、北海道大学大学院法学研究科准教授を経て現職。
最近の著作に、『注釈労働基準法・労働契約法 第1巻』(共著、有斐閣、2023年)、「労働法の強行性と労働者の意思表示」法律時報1186号(2023年)など。