『伊藤真の民法入門 講義再現版[第8版]』(著:伊藤真)
第8版 はしがき
本書は、民法の概略をつかみ、民法を楽しく学んでもらうためのものです。1997年から版を重ね、長きにわたり、多くの方に読んでいただくことができました。
前回の第7版においては、民法制定から120年ぶりの大改正と言われた債権法改正への対応を中心に改訂しましたが、それ以降の3年半の間にも複数の改正がありました。これは、民法がその時々の社会・経済の変化に対応させて変わることを意味しています。つまり、民法は、それほど私たちにとって身近な法律なのです。
第7版以降に改正された主な点は以下になります。
①所有者不明土地の発生予防と利活用円滑化
②児童に対する懲戒権の削除
③家族法における嫡出推定制度の見直し
④女性の再婚禁止期間の廃止
⑤嫡出否認制度に関する規律の見直し
⑥認知無効の訴えに関する規律の見直し
このように、本書における「第3章 家族法」の分野がほとんどです。第8版では、この家族法を中心に改訂するとともに、より学びやすく、より読みやすくするべく全体的に見直しました。
なお、近年、刑法において、「禁錮」、「懲役」を「拘禁刑」に一元化する改正がなされました。本書でも拘禁刑への一元化に対応していますが、この改正は2025(令和7)年6月1日より施行されます。刑法改正の詳細は本シリーズの刑法第7版に譲りますので、そちらを読んでいただけたらと思います。
本書は民法の全体像を把握してもらうことを目的としていますので、改正についても、原則として、あえて細部には触れずに概略を説明するにとどめています。そのため、本書で民法の概略をつかんだら、更に一歩進んだ勉強に入り、よりいっそう、日本の民法への理解を深めてもらえればと思います。その際には、拙著『伊藤真ファーストトラックシリーズ』や『伊藤真試験対策講座』シリーズ(ともに弘文堂)が役立つことでしょう。
今後も、民法の学習をしたことのないひとりでも多くの方に、民法、ひいては法律を学ぶ楽しさを伝えることができたなら幸いです。
さあ、ページをめくって楽しい民法の世界に一歩足を踏みいれましょう。
2024年2月
伊藤 真
初版 はしがき
本書は法律の知識がまったくない方が民法を学ぼうとするときのもっとも有効な手引き書になるように書きました。
民法を少しでも勉強するとわかるのですが、出てくる言葉が難しくなかなかイメージがもてません。また、教科書のはじめのほうを理解するためにも後のほうで使う概念を知っていないといけない場合が多く、民法を頭から勉強しようとすると大変に骨が折れます。ただでさえ、量が多くて大変だといわれる民法ですから、それを正直にはじめからこつこつと学んでいくだけでは効率が悪くなってしまうのです。
しかし、民法も勉強方法しだいでは楽しい科目になります。膨大な民法を、まず、手のひらに載せて外から眺められるようにしていただくことが本書の目的です。
本書で民法の全体像をつかんでから細かな部分の知識を身につけていくほうがよほど効率的な学習ができます。楽しくなければ身につかないというのが、私の信条です。全体の構造がみえてくると法律の勉強も一気に楽しくなります。皆さんもぜひ民法を楽しんでください。
本書は民法の概略をつかむために書いたものですが、さまざまな方の役に立つと思っています。各種国家試験や大学の学部試験の勉強に入る前に、また、大学の講義を聴く前に読んでいただければ、それからの民法の勉強がスムーズに行えて最適だと思います。
また、社会人として法律を学ぶ必要性が出てきたときに、法学部でないということで尻込みされている方はいませんか。本書を読んでいただければ、法学部出身かどうかはまったく関係なく民法の全体像をつかめるようになるはずです。
概略を説明しているといっても、それぞれの部分はかなり本質的なことから分析を加えていますから、ある程度民法を勉強された中級者の方が、総まとめをする上でも有効かと思います。
私は、できるだけ多くの皆さんに法律を楽しく効率的に勉強していただける方法はないかと日々研究しています。その成果を生かして、現在、明日の法律家をめざす全国の皆さんに司法試験の受験指導をしていますが、本書はその講義の冒頭の授業内容に若干加筆し、実況中継風に記述したものです。よって、繰り返しがある部分もありますが、知識の定着には繰り返しが必要だという観点からあえて残してあります。また、全体像を理解するために、あえて細かい部分にこだわらずに記載している箇所もありますが、その点はあらかじめご了承ください。特に財産法を重視して、家族法については思い切って省略しているところもありますが、それは民法の本質をつかむ上では財産法に重点をおいたほうがいいという判断からです。
また、民法だけでなく、憲法、刑法、商法などほかの科目もぜひ、興味をもっていただいて本書のシリーズで学んでいただくと、法律全体の構造が手に取るように理解できて、面白さも倍増すると思います。ぜひほかの科目にも挑戦してみてください。特に憲法はおすすめです。日本が自由で民主的な豊かな国になるためには、できるだけ多くの皆さんが憲法に触れることが必要だと考えています。ぜひ憲法も読んでみてください。
それでは、前置きが長くなりましたが、どうぞ民法を学ぶことを楽しんでください。
1997年5月
伊藤 真
第1章 概説
Ⅰ 民法とは何か
1 はじめに
最初に民法とは何か、という話をしましょう。憲法で、近代という概念を学びます。近代は自由というものを中心に作りあげられていますが、そこでの自由というのは経済的自由も含むわけです。人々は経済活動も国家から強制されずに、自由に行えるようになってきました。そういう経済活動の場として自由を確保したことによって、人々は自分の思ったとおりの経済活動、具体的には自分の意思でものを買う、売る、そしてある場所を貸したり、借りたり、そんな自由な経済活動が認められるようになったのです。その自由の思想に基づいた市民社会のルール、それが民法です。ですから、お隣り同士、市民の間でさまざまなルールがありますが、その中でもっとも根本的なのが、この民法ということになります。
民法は、大きく2つのグループに分かれます。財産法と家族法です。ただ、ここで財産法・家族法といってもそのような名前の法律があるわけではありません。民法の中の分野を分けてそうよんでいるのです。
所有や売買、賃貸借などの財産関係を規律する財産法、それから、夫婦や親子、兄弟姉妹などの身分関係や相続の関係を規律する家族法です。そのうち中心になるのが財産法です。六法の目次を見ると、民法は第1編総則、第2編物権、第3編債権、第4編親族、第5編相続という5つのパートから成り立っています。その4編と5編、親族と相続とを、あわせて家族法とよびます。親族法には、婚姻だとか、親子だとか、親権だとかが出てきます。また、相続法には、相続という財産の移転に関する規定がおかれています。したがって、相続法は財産法の一部といってもいいくらい重要です。これからの勉強は総則と物権と債権、それから最後の相続の部分に重点をおくことになります。
最初の総則ですが、この総則という部分には民法すべてに共通するような、特に財産法に共通するような事柄がまとめておかれています。まずは、この総則と、次の物権、債権がわかるように勉強していきましょう。
2 民法の役割
ここで、民法の役割、機能を考えておきましょう。
民法は、商法とともに私法というグループに分類されます。法律は大きく公法と私法に分類されるのですが、国や公共団体との関係を規律する法を公法、市民社会の関係を規律するものを私法とよびます。憲法や刑法は公法です。民法は先ほど述べたように、市民社会のルールですから私法のひとつです。私法の中に商法という法律もあるのですが、こちらは市民の中でも商人を中心とした法律関係を規律します。民法が一般的なルールであるので一般法と分類されるのに対して、商法は商人間という特別の法律関係を規律するので特別法と分類されることもあります。
さて、憲法や刑法のような公法と違って、私法は市民社会のルールなので市民の感覚に合う必要があります。国家が国民を一定のルールで引っ張っていくというよりも、市民が暮らしやすいように、市民間の利害を調整するのが私法なのです。ですから、私法の世界ではまず、市民の考えを尊重します。それを私的自治とよびます。市民は自由に契約を結んだり、会社を設立したりすることができるのです。
しかし、経済活動においてはどうしてもトラブルが起こりがちです。また、市民が法律関係を意識しないで契約をしてしまった場合、その契約の内容がはっきりしないので、トラブルが起こったときにどのように処理していいのかわからないこともあります。そんなときに民法が補充的に出てきて解決するのです。ですから、民法の規定は、市民が約束しなかった部分について補充をするような役割を果たします。
たとえば、自動車を100万円で買うという約束をしました。ところが、納車の日にディーラーがその自動車を運んでくるときに交差点で追突されて、車が壊れてしまいました。このときにお客さんは車の代金の支払いを拒絶できるのでしょうか。お客さんのほうからするとそんなものにお金を払いたくないですよね。でも、ディーラーのほうも自分が悪いわけではないので少しはお客さんに損害を負担してもらいたいと考えるかもしれません。また、今の話でディーラーがちゃんとお客さんのもとに車を運んだにもかかわらず、お客さんが「いやあ、駐車場がまだ見つからないから、また来週もってきてくれませんか」と受け取ってくれなかったので、仕方なく、もち帰ろうとしたらその途中で追突された場合はどうでしょうか。なんとなく、このときはお客さんに負担させてもいいような気もしますよね。お客さんがちゃんと受け取ってくれれば、こんな事故にはならなかったのですから。
こうした場面で、お客さんがどこまでその損害を負担するのかについて、あらかじめきちんと決めておけばいいのですが、契約をするときにはこんな事故をまったく考えてもいませんでしたから、取決めなどしていないわけです。もし、当事者が将来、車が追突されてダメになったときはその損害はすべてお客さんが負担すると決めておけば、それに従って処理されますからいいのですが、問題はそのような取決め──これを特約といいます──がなかったときなのです。このときに民法という法律が、その当事者の特約がない部分を補充して紛争を解決します。逆に言えば、当事者が特約をすればこの点に関する民法の規定は適用されません。このように当事者の特約によって排除できる規定のことを任意規定といいます。
ただ、民法は、このように当事者の特約で排除できる任意規定ばかりかというとそうではありません。たとえば、愛人契約は当事者が合意したのだからいいではないか、といえるかというとそうはいきません。このような契約は公の秩序、善良な風俗に反するとして無効とされてしまうのです。また、勝手に自分は15歳で結婚するんだと言って民法の規定に反する結婚の約束をしても、それは認められません。この場合には、民法の定める条件や手続を省略したり無視してはいけないのです。このように当事者の意思によっては動かせない規定もあります。このような規定のことを強行規定といいます。この強行規定は公の秩序に関する規定で、これに関しては当事者の特約では排除できないのです。
このように、民法は、強行規定によって最低限のルールを定め、それ以外の部分は任意規定として当事者の特約を尊重しています。したがって、民法は最低限の市民社会のルールであると同時に、当事者の意思の補充としてはたらくわけです。こうしたはたらきによって、市民社会が円滑に進むようにすること、それが民法の役割です。なお、どのような規定が任意規定でどのような規定が強行規定かは、それぞれの条文の存在理由(趣旨)によって決められます。ですから、民法を勉強するときはその点も意識しなければなりません。
目次
第1章 概説
Ⅰ 民法とは何か
❶はじめに
❷民法の役割
❸民法の考え方
❹民法の勉強の仕方
⑴ まず、民法全体を概観する/⑵ 具体的に考えること/⑶ 改正点を気にしすぎない
Ⅱ 財産法の仕組み
❶人と物との関係──物権
❷人と人との関係──債権
⑴ 契約/⑵ 不法行為
コラム 妻による夫の愛人に対する損害賠償請求
⑶ 事務管理/⑷ 不当利得
❸物権法と債権法の概略
⑴ 具体例──売買契約
❹民法の全体図
コラム ヤミ金業の今後
第2章 財産法
Ⅰ 財産法の全体像
Ⅱ 主体
❶自然人と法人
❷制限行為能力者
コラム 成年
コラム 意思能力
Ⅲ 契約の成立から効力発生まで
❶有効に債権債務が発生するまで
❷契約の成立要件
❸契約の有効要件
⑴ 取消しと無効/⑵ 心裡留保/⑶ 虚偽表示/⑷ 錯誤・詐欺・強迫
コラム うっかりダブルクリック
⑸ 意思表示のまとめ/⑹ 契約内容の有効性
❹契約の効果帰属要件
⑴ 代理制度/⑵ 無権代理と表見代理
❺契約の効力発生要件
❻まとめ
Ⅳ 物権
❶物権の客体
❷物権変動
⑴ 意思主義/⑵ 所有権の移転時期/⑶ 対抗要件主義/⑷ 不動産、動産の二重譲渡
/⑸ なぜ二重譲渡はできるのか/⑹ 第三者の善意・悪意/⑺ 物権変動のまとめ
コラム 94条2項の類推適用
⑻ 公信の原則
❸占有権・所有権
⑴ 占有権・所有権とは/⑵ 物権的請求権/⑶ 共有
コラム 所有権と著作権
コラム 2021年成立の民法等の一部を改正する法律
(所有者不明土地の解消に向けた民事基本法制の見直し)
❹用益物権
Ⅴ 債権の発生から満足して消滅するまで
❶契約による債権の発生
⑴ 契約の種類/⑵ 売買契約の場合
❷同時履行の抗弁
❸債権の消滅原因
⑴ 弁済/⑵ 第三者弁済/⑶ 受領権者としての外観を有する者に対する弁済/⑷ 代物弁済/⑸ 相殺
Ⅵ 債権の効力としての問題が生じたときの処理
❶特定物債権と不特定物債権
❷弁済の提供と受領遅滞
❸債務不履行
⑴ 種類/⑵ 効果/⑶ 解除の存在理由/⑷ 取消しと解除の違い
❹危険負担
❺契約不適合責任
コラム 別れた恋人へのプレゼント、返してもらえる?
Ⅶ 債権の履行確保の手段
❶全体像
❷特殊な債権回収手段
⑴ 代物弁済・相殺/⑵ 債権譲渡
❸債権の保全
⑴ 債権者代位権/⑵ 詐害行為取消権/⑶ 強制執行
❹債権の担保
⑴ 担保の概観/⑵ 人的担保/⑶ 物的担保
コラム 追い出し屋
第3章 家族法
Ⅰ 親族
❶親族の範囲
❷婚姻
コラム 踏んだり蹴ったり判決──有責配偶者の離婚請求
❸親子
コラム 再婚禁止期間の違憲判決
コラム 2022年成立の民法等の一部を改正する法律
嫡出推定制度の見直し等を内容とする民法等の一部を改正する法律)
Ⅱ 相続
❶相続人
❷相続の承認と放棄
❸遺言と遺留分
コラム 配偶者の居住の権利
まとめ
❶全体像の確認
❷各種試験への応用
❸これからの勉強
書誌情報
- 『伊藤真の民法入門 講義再現版[第8版]』
- 著:伊藤真
- 定価:税込 1,980円(本体価格 1,800円)
- 発刊年月:2024.03
- ISBN:978-4-535-52787-4
- 判型:A5判
- ページ数:204ページ
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