(第73回)抵当権は「価値権」か(内田貴)
【判例時報社提供】
(毎月1回掲載予定)
抵当権に基づく妨害排除請求事件
民法395条ただし書の規定により解除された短期賃貸借ないしこれを基礎とする転貸借に基づき抵当不動産を占有するものに対する抵当権者の明渡請求の可否
最高裁判所平成3年3月22日第二小法廷判決
判例時報1379号62頁
私が25歳のとき初めて書いた論文は、いわゆる助手論文で、2003年改正前の民法395条を対象とするものだった(『抵当権と利用権』(有斐閣、1983年))。同条は我妻榮が「価値権と利用権の調和」という理想を実現する制度として位置づけた短期賃貸借の規定だが、制定以来一貫して濫用的に用いられてきた実態を明らかにし、抵当権を「価値権」と考えるのは特殊ドイツ的な発想で、395条のもとになったベルギー法にも、さらにその母法であるフランス法にもないこと、何より日本の実態にそぐわないことを指摘した。その頃から濫用的な短期賃貸借の排除を認める下級審裁判例が陸続と現れた。
ところが、その流れを決定づけると期待された事件で、最(二)判平成3年3月22日(民集45巻3号268頁)は、抵当権は「抵当不動産の占有関係について干渉する権原を有しない」として、価値権的理解に立ち、抵当権に基づく妨害排除請求を否定した。これこそ、実務家の嫌う「学理的」な観念論を振りかざす判決に見えた。
興味深いのは、同判決の半年後、同じ第二小法廷が濫用的短期賃貸借に対する買受人からの将来の明渡しを求める訴えを適法と認めたことである(最判平成3年9月13日判時1405号51頁)。掲載誌の囲み解説(52~53頁)は、同じ小法廷の3月22日判決について、「先の判決が濫用的な短期賃貸借の横行に拱手傍観する趣旨ではないことを明らかにしたもの」とわざわざ述べた。しかし、濫用の実態に着目した9月13日判決は、「先の判決」との異質さを感じさせた。
実は、この半年弱の間に第二小法廷の構成が1名だけ変わっていたのである。3月22日判決で裁判長を務めた香川保一判事が定年で退官し、代わって大西勝也判事が加わっている。香川判事は戦後の修習1期の法務官僚で、不動産登記法や担保法、賃貸借法の権威として知られる。第二小法廷を構成した他の判事は検事、外交官、弁護士である(第二小法廷は長官が所属していたため4名)。裁判長であったことだけではなく、その専門性からみても「香川判決」と呼んでもよいものだった。
「先の判決」の半年後に路線を変更した最高裁は、やがて最大判平成11年11月24日(民集53巻8号1899頁)で明示的に「先の判決」を変更して抵当権に基づく妨害排除請求を認めた。8年で覆される最高裁判決というのも珍しい。やがてこの流れは立法へと結びつき、旧395条は2003年改正で抜本改正され、その結果、私の論文は、いわば目的を達して反故と化すこととなった。
結果論でいえば、「先の判決」は実態を踏まえない学理的判決であったことになろう。しかし、判決は、結局は、個々の裁判官の法学的素養の表現である。自らの法学的信念を貫いたようにみえる最判平成3年3月22日は、いまとなっては、妙に人間くさくて、心に残る。
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