『伊藤真の民事訴訟法入門 講義再現版[第6版]』(著:伊藤真)

一冊散策| 2024.05.24
新刊を中心に,小社刊行の本を毎月いくつか紹介します.

 

 

第6版 はしがき

本書は、民事訴訟法の概略をつかみ、民事訴訟法を楽しく学んでもらうためのものです。版を重ね、今回で第6版になりますが、幸いにも今まで大学生や社会人はもちろん、中高生からシニアの方々まで幅広く読んでいただくことができました。

定価:税込 1,980円(本体価格 1,800円)

近年、民事訴訟法に関するいくつかの重要な改正法が成立しました。その中でも特に大切なものは、訴状等のオンラインによる提出や訴訟記録の電子化などの民事訴訟手続の全面的なIT化などを目的とした改正です。

この改正は、社会・経済の変化に対応させ、迅速に訴訟が進むことを目的としています。原則として、公布日(2022年5月25日法律第48号)から4年以内の政令で定める日に施行されますが、2024年1月現在、すでに施行されているものもあります。本書では、未施行部分も含めて、改正民事訴訟法の内容を盛り込んでいます。

民事訴訟手続の全面的なIT化といっても、処分権主義、弁論主義、必要的口頭弁論の原則などの諸原則、そして民事訴訟法の本質には何ら変更はありません。

改正点についても、原則として、あえて細部には触れずに概略を説明するにとどめています。そのため、本書で民事訴訟法の概略をつかんだら、更に一歩進んだ勉強に入り、より一層、日本の民事訴訟法を理解してもらえればと思います。その際には、拙著『伊藤真ファーストトラックシリーズ』『伊藤真試験対策講座』シリーズ(ともに弘文堂)が役立つことでしょう。

なお、近年、刑法において、「禁錮」、「懲役」を「拘禁刑」に一元化する改正がなされました。本書でも拘禁刑への一元化に対応していますが、この改正は2025(令和7)年6月1日より施行されます。刑法改正の詳細は本シリーズの刑法第7版に譲りますので、そちらを読んでいただけたらと思います。

この本を手にした方が、民事訴訟法をはじめ、法律学習の面白さを感じながら法律を身につけ、法を身近なものに感じることができるようになることを願っています。

では、早速授業を始めます。

2024年2月
伊藤 真

初版 はしがき

本書は、試験対策として民事訴訟法を学ぼうとしている方の導入として、また、実際に何らかのトラブルに巻き込まれそうだという方が自分の身を守るために必要な基礎知識を短時間で修得できるように書いたものです。どんな法律を学ぶときもその全体像を把握することが不可欠ですが、本書はその助けになるはずです。

実際に裁判をしている人はこの本に書いてあるくらいの知識はもっておいて損はありません。何もかも弁護士に任せる前に自分のことは自分で守るくらいの心構えが必要だからです。

さて、民事訴訟法とは民事裁判に関する手続法です。一般的には六法の中でももっともなじみの薄いものかもしれません。同じ訴訟法でも刑事訴訟法は、新聞や刑事ドラマ、小説などで多少はなじみがあるかもしれません。なぜ、民事訴訟法はそのように国民から遠い感じがしてしまうのでしょうか。それはたぶん民事裁判制度そのものに問題があるからだと思います。

国民には裁判を受ける権利(憲法32条)があります。何かトラブルに巻き込まれたらきちんと裁判所という国家機関が解決してくれることになっています。

しかし、実際はどうでしょうか。何か法的な問題が生じたときにすぐに裁判所で解決しようとするでしょうか。ほとんどの人はいきなりそんなことは考えないはずです。争いになっている金額が少額の場合などは、特にそうです。まず、話合いをしてそれでも解決できないときに裁判も考えるかもしれませんが、多くの人はめんどうだということで、諦めてしまうことのほうが多いのではないでしょうか。

そもそも裁判は、弱い者が泣き寝入りをしなくて済むように、国家が弱い者の言い分を聞いて理不尽を正す役目をもっています。本来は当事者同士で解決すればいい問題を、当事者に任せていては解決にならなかったり、または弱いものが理不尽を強いられたりすることがあるので、公平・中立な裁判所という国家機関が出ていって解決しようとするのです。

このように税金を使って国家機関が紛争を解決する以上は意味のある制度でなければなりません。そして、多くの人が利用しやすい制度にする必要があります。今までの民事訴訟制度は必ずしも問題の解決に対して適切な運用はなされてきませんでした。その結果、泣き寝入りをせざるをえなかったり、暴力団に解決を頼んだほうが早かったりというような弊害が出ていました。これをもっと国民が利用しやすく、迅速に解決できるシステムにしようと、さまざまな改革が進んでいます。平成8(1996)年からの民事訴訟法の改正もその一環です。

平成8年の改正によって市民により身近な裁判制度となることが期待されています。裁判を通じて、理不尽を許さないという当たり前な感覚を実現できるようになれば、国民も税金を払っていることに納得するでしょう。

これから学ぶ民事訴訟法はそうした民事裁判制度の手続を学んでいくものです。よって、試験科目としての民事訴訟法を学ぶというとき以外でも、個人的にまたは会社でちょっとしたトラブルに巻き込まれた場合に自分の身を守るために、この法律を学んでおくことは、泣き寝入りをしないために重要なことなのです。

民事訴訟法は手続法です。たかが手続にすぎないものを1つの法律をつくって学問の対象にすることの意味はどこにあるのでしょうか。どんなに民事訴訟という手続がしっかりしていてもそこで扱う実体法、つまり民法や会社法・商法がいい加減であれば何の意味もありません。ですから、手続法よりも実体法の方が大切だという考えも当然出てきます。中身と手続なら中身の方が大切だという考えです。

しかし、たとえば、ある人が知り合いにお金を貸した。それを返してもらえないので、裁判を起こしたとします。このときに実際にお金を貸していたはずなのに、先方が「いや、あれはもらったお金だ、借りたものではない」と言ってきたとします。こっちとしては貸したお金なのですから当然返してほしいのですが、貸したという証拠がないかぎり裁判では負けてしまうのです。つまり、民法の世界では返さなければいけないといっても、訴訟法の世界でそれが証明できないと何の意味もないのです。

このように現実の裁判では、民法のような実体法と訴訟法は一体になっています。どちらが欠けてもうまくいきません。裁判という手続で勝たなければ正義は実現しないのです。裁判は一定の制限のもとで人間が行いますから、限界があります。どんなに神様の目から見て正しくても、裁判という制度のもとで正義が実現するかどうかは別問題なのです。この点を冷静に割り切って考えないと、なぜ自分は正しいのに負けるんだということになってしまいます。裁判につまらない理由で負けないようにするためにも、ある程度、裁判の仕組みを学んでおくことは大切なのです。

ところで、ちょっと抽象的な話になりますが、裁判の結果はなぜ正しいということになるのでしょうか。1つは当事者の意思に従った結果だからだということもあるでしょう。両当事者がそれでいいというのならその結論でかまわないのです。しかし、当事者が争っているにもかかわらず1つの結論が正しいとされるのはなぜでしょうか。それはその裁判の過程、つまり手続が正しいからなのです。手続が正しいがためにまわりの人はその結果も信頼できる正しい結論であろうと考えるのです。その意味で裁判制度にとって、手続はとても重要です。民事訴訟法はまさにこの手続を学ぶものです。

「たかが手続、されど手続」なのです。

試験対策として民事訴訟法を学ぶ方はこの科目を得意科目とするために、また、実際にトラブルに巻き込まれている人は理不尽を許さないために、この法律の概略をしっかりと学んでおいてください。

1998年4月
伊藤 真

 Ⅰ 民事訴訟法とは何か

❶ 民事訴訟法の勉強の仕方

民事訴訟法は手続法です。まず実体法と手続法について少しお話をしたいと思います。実体法とは権利・義務の発生、変更、消滅について定めた法律です。その権利・義務の発生、変更、消滅を裁判の手続の中で明らかにしていくことが必要になります。その裁判の手続を定めたものが手続法です。民事関係の裁判の手続を定めたものが民事訴訟法、刑事関係の裁判の手続を定めたものが刑事訴訟法となります。

手続法は裁判の流れを勉強していかなくてはいけませんので、実体法とは違った観点や視点が必要になります。実体法である憲法、民法、刑法というのは、ある時点のある1つの事柄について、どのような人権が問題になっているのか、その権利・義務はどうなっているのか、ある瞬間においてどのような犯罪が成立しているのか、という、いわばある場面を縦割りに切って、その瞬間の一時点の権利関係・法律関係を明らかにしたものです。実際には私たちの生活は時間の流れの中で進んでいるのですが、その時間の流れをある時点で止めて考えるのです。その止まった時点において権利関係・法律関係はどうなっているかをみていくのが実体法のお話でした。

ところが、訴訟法というのは、実際の裁判の手続の流れをみていきます。訴えを提起する、実際に審理をしていく、そして判決がでる、そういう時間の流れを追って手続をみていくことになります。ですから、これからの勉強は、時間の流れという新しい視点が必要になっていきます。時間の流れを追っていかなくてはなりません。時間の流れとは手続の流れということですが、それは全体としてはいわばシステムとして一貫した手続の流れになっています。

たとえば、訴えを提起するという最初の段階のところでは、実は判決という最後の段階のことを考慮しながら訴えを提起するわけです。審理をしていく最中でも、どういう訴えだったか、どういう判決をだしてほしいのかを考慮しながら、その審理の過程が進んでいきます。ですから、手続の全体がわかっていないと、手続の細部もなかなかみえてこないのです。最初の訴え提起のところをいくら細かく勉強しても、判決のところがよくわからないと、イメージがもてなかったりします。早めに全体を見渡して、何度も何度も繰り返すこと、それが手続法の勉強のコツです。教科書を読むときでも、最初から1頁ずつ、1行1行丁寧に行間を読んでいく読み方でなく、ザッと読んでとにかく最後までいって、またザッと読んで、何度も繰り返すほうが効果的だと思ってください。最初のうちはよくわからないと思っていても、後のほうまでいくと、あ、そのことだったんだとわかることがたくさん出てきます。ですから、わからないことが出てきてもあまり気にしないで、手続全体の流れを繰り返し勉強すること、それが手続法を学んでいく上で重要です。

❷ 実体法と手続法との関係

「実体法」を裁判を通じて実現するためには「手続法」が必要です。私たちはこの手続法を勉強するということになります。たとえば、いくら民法上で土地の引渡しを求める権利が認められるからといって、相手が素直に応じてくれなければ、困ってしまいます。そこで、民事訴訟法が定める手続を通して民法を実現していく、ということになります。「民法を実現していく」、それが民事訴訟法です。

民事訴訟法で何を勉強していくのか、それはまさに民法や会社法・商法などの民事実体法を実現していくための手続を勉強していくわけです。民法でいえば、民法上の権利が存在するかどうかを明らかにしていくのです。たとえば、売買代金債権があります。売買契約をしたので相手に対して代金を請求したい。ところが、相手は代金を一切払ってくれない。そこで、裁判所に訴えを提起して、売買代金債権を回収しようとします。そのときに、売買代金債権が本当にその人(原告)にあるのかを調べていこうということになります。ここで問題になること、それが民事訴訟法で扱う事柄です。

目次

はじめに

第1章 概説

Ⅰ 民事訴訟法とは何か

❶民事訴訟法の勉強の仕方
❷実体法と手続法との関係

Ⅱ 民事訴訟法の全体像

❶訴訟の主体
❷訴訟の開始
❸訴訟の審理
❹訴訟の終了
❺訴訟客体の複数

コラム 民事訴訟法の役割

❻訴訟主体の複数
❼上級審、再審手続

Ⅲ 民事訴訟法を考える際の視点

❶視点その1 民事訴訟法の目的は何か
❷視点その2 私的紛争の公権的解決という視点
❸視点その3 どのようにして紛争を解決するのか

⑴ 裁判所が権利の存否を判断する/⑵ 権利の存否の判断の4つのステップ/⑶ 4つのステップと三段論法

コラム 訴訟費用

第2章 訴訟の主体

Ⅰ 裁判所

❶裁判所とは
❷民事裁判権、管轄権
❸裁判官

⑴ 除斥/⑵ 忌避/⑶ 回避

コラム 実体法と手続法

Ⅱ 当事者

❶当事者の意義
❷当事者の確定

⑴ 死者の場合/⑵ 氏名冒用訴訟

❸当事者能力

⑴ 当事者能力とは/⑵ 当事者能力を欠く場合――死者、胎児/⑶ 当事者能力が認められるもの――民法上の権利能力者、法人でない社団または財団で代表者または管理人の定めがあるもの

❹訴訟能力

⑴ 訴訟能力とは/⑵ 訴訟能力を欠く場合どうなるのか

❺当事者の代理人

⑴ 代理人とは/⑵ 法定代理と任意代理

コラム 本人訴訟と弁護士強制制度

第3章 訴訟の開始

Ⅰ 訴えの概念

❶訴えとは
❷3種類の訴え

⑴ 給付の訴え/⑵ 確認の訴え/⑶ 形成の訴え

コラム ムダをなくすための訴訟要件

Ⅱ 訴えの要件(訴訟要件)

❶訴訟要件とは
❷訴えの利益
❸当事者適格

Ⅲ 訴え提起の方式

コラム 民事訴訟手続のIT化

Ⅳ 起訴の効果

❶訴訟法上の効果――二重起訴の禁止(142条)
❷同一事件かどうかの判断
❸実体法上の効果

Ⅴ 訴訟物とその特定の基準(審判のテーマ)

❶訴訟物とは
❷訴訟物の特定の仕方――旧訴訟物理論と新訴訟物理論

⑴ 旧訴訟物理論/⑵ 新訴訟物理論

コラム 法定審理期間訴訟手続

第4章 訴訟の審理

Ⅰ 審理の場面における裁判所と当事者の役割

❶概説――3つの場面における役割分担

⑴ 場面1 裁判所を利用するかどうか、どの範囲で利用するのか、利用するのをやめるかどうか――処分権主義(当事者主導①)

コラム ADR

⑵ 場面2 どういう資料に基づいて解決していくのか――弁論主義(当事者主導②)/⑶ 場面3 実際に裁判はどのように進めていくのか――職権進行主義(裁判所主導)

❷処分権主義――当事者の役割①

⑴ 処分権主義①――訴えの提起の場面(裁判所を使うかどうか)/⑵ 処分権主義②――訴えの内容、範囲(どの範囲で裁判所を使うか)/⑶ 処分権主義③――訴えの終了の場面(裁判所を使うのをやめるかどうか)

❸事案の解明(弁論主義)――当事者の役割②

⑴ なぜ弁論主義なのか/⑵ 弁論主義――第1のテーゼ/⑶ 弁論主義――第2のテーゼ/⑷ 弁論主義――第3のテーゼ/⑸ 弁論主義の例外――職権探知主義

❹具体的な裁判の進行(職権進行主義)――裁判所の役割

⑴ 訴訟指揮権/⑵ 釈明権

Ⅱ 当事者の弁論の内容

❶訴訟行為

⑴ 申立てと陳述/⑵ 本案の申立てと攻撃防御方法

❷弁論の手続

⑴ 口頭弁論の諸原則/⑵ 必要的口頭弁論の原則/⑶ 口頭弁論の準備/⑷ 口頭弁論の実施――口頭弁論の一体性と適時提出主義/⑸ 口頭弁論期日における当事者の欠席

❸証拠

⑴ 証明の対象/⑵ 証拠による認定/⑶ 証拠調べ手続――証人尋問、鑑定、書証、検証、当事者尋問

コラム 違法収集証拠の証拠能力

❹訴訟手続の停止

第5章 訴訟の終了

Ⅰ 当事者の意思による訴訟の終了
Ⅱ 終局判決による訴訟の終了

❶裁判とは
❷判決の種類

⑴ 中間判決、終局判決/⑵ 本案判決と訴訟判決

❸判決の効力

⑴ 既判力

コラム 既判力の時的限界――取消権・相殺権・建物買取請求権

⑵ 執行力、形成力

第6章 訴訟の主体および客体の複数

Ⅰ 訴訟客体の複数

❶訴えの客観的併合

⑴ 単純併合/⑵ 選択的併合/⑶ 予備的併合

❷訴えの変更
❸反訴
❹中間確認の訴え
❺弁論の併合

Ⅱ 訴訟主体の複数

❶共同訴訟

⑴ 通常共同訴訟/⑵ 必要的共同訴訟/⑶ 同時審判申出訴訟/⑷ 選定当事者

❷補助参加訴訟
❸三面訴訟(独立当事者参加訴訟)
❹当事者の交替(訴訟の承継)

⑴ 訴訟中の当事者の変更(任意的当事者変更)/⑵ 訴訟承継

❺訴訟告知

第7章 上訴と再審

Ⅰ 上訴と再審

❶上訴とは
❷再審との違い

コラム 上訴の利益

まとめ

書誌情報

関連情報


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