生活困窮者支援の「包摂」は誰のため?――コロンビア・メデジン市の場合/コロンビアの空の下で、科学と社会を語り合う(4)
2023年3月、コロンビア・メデジン市で開催された世界科学ジャーナリズム大会に参加した時、私は生活保護の政策決定に関する研究で博士(学術)の学位記を授与されたばかりだった。そして、メデジン市のとある生活困窮者支援施設を見学する機会を得た私は、日本とは全く異なる「生活困窮者支援」の位置づけと在り方に驚くこととなった。
ストリート・チルドレンに渡せなかった小銭
コロンビアは豊かな国ではなく、1人あたりGDPは世界96位(IMF 2022年)。さらに地域間・世帯間の経済格差も激しく、格差ランキングでは世界20位内に位置している(World Inequality Report 2022など)。国内第2の都市であるメデジン市の経済状況の相対的貧困率は24.8%(2022年)であり、日本で最も貧困問題が深刻な道府県と並ぶ。同年の国全体の貧困率36.6%に比べると12ポイント程度低いが、深刻な状況にあることは確かである。市街地にはホームレス状態の人々、特にホームレス状態のシングルマザーと子どもたちが目立つ。
滞在中、夜間の外出は極力控えたが、それでも日没後やウイークエンドには、電動車椅子の行く手に立って手を差し出す子どもたちに困惑した。若干の小銭を渡したいのはやまやまなのだが、それも容易ではない。1人に渡せば、他の子どもが近寄ってきて手を出す。財布の中が良く見えないので指の触れたコインをとりあえず渡すと、子どもたちの間で「どちらが多いか」という争いが起きる。多くもらおうとして勝手に車椅子を押そうとする子どももいるが、私の電動車椅子には子どもを1人2人引きずりながら前進できるパワーがあるので危険だ。スペイン語がほとんど話せない私は、拒絶のゼスチャーとともに強い調子で「No」と言い、「近寄らないで」という意思表示をすることしかできなかった。落胆して去っていく子どもの後ろ姿を見るたびに心が痛んだが、医療アクセスもままならないであろう子どもにケガをさせてはいけない。致し方なかった。
スムーズに実現した生活困窮者支援センター訪問
メデジン市は、深刻な貧困問題にどのように取り組んでいるのだろうか? ぜひ、滞在中に行政機関や公的支援機関を訪れ、認識と取り組みの実情を聞きたいと思った。しかし、「一見さん」の外国人フリーランサーが行政を取材することは、一般的には困難である。過去にも数十回試みているが、応じてもらえたのは5回以下だ。
期待せずにメデジン市に英語でメールを送ってみると、すぐに生活困窮者支援センターの1つの責任者に転送され、2時間後、その責任者から「翌週はイースターで休みになるから、今週中に来ませんか?」という返信があった。すぐに日時を打ち合わせ、その週の金曜日の午後に訪問することとした。
フリーランスライター。博士(学術)。大学院修士課程(物理学専攻)修了後、電機メーカで半導体デバイスの研究・開発に従事した。在職中より、科学と技術に関する執筆活動を開始。2007年に中途障害者となった経験、および2011年の東日本大震災を契機として、社会保障・社会福祉に関する執筆活動も開始。現在は、執筆・研究・国際人権アドボケイトの3つを柱として活動。主な著書は『生活保護リアル』(日本評論社、2013年)。共著に『いちばんやさしいアルゴリズムの本』(技術評論社、2013年)、『おしゃべりなコンピュータ 音声合成技術の現在と未来』(丸善出版、2015年)、『生活保護制度の政策決定――「自立支援」に翻弄されるセーフティネット』(日本評論社、2023年)など。