『ラーニングダイバーシティの夜明け――多様な学びを選択できる教育のために』(著:村中直人)

一冊散策| 2024.09.02
新刊を中心に,小社刊行の本を毎月いくつか紹介します.

 

 

はじめに

本書は、『そだちの科学』の33号(2019年10月発売)から42号(2024年4月発売)に掲載された連載「ラーニングダイバーシティの夜明け」を修正、加筆してまとめたものです。修正としては、全文を「である調」から「ですます調」へと変更し、専門用語の説明を追記したり、より平易な言葉へと置き換えたりしました。これらの変更は、書籍化にあたり幅広い読者にお届けするためのものであり、文意や内容はほとんど変更していません。そこに書き下ろしの最終章を加えて、本書は構成されています(なお唯一の例外として第4稿〔連載時、本書では第8稿〕だけは、諸処の事情により大きく内容が変更されています。そのためこの章の順番を入れ替えて掲載しています)。

つまりこの本は、最初の章から最後の章までに、5年以上の月日が流れているところに大きな特徴がある本ということになります。最初から最後まで、お伝えしたいメッセージやコンセプトにブレはないと自分では思っていますが、半年に1回書く原稿は、その時々の時勢の影響を受けていたこともまた事実です。最も大きかったのは、連載中に新型コロナウイルス感染症の流行があったことでした。その時は、予定していた原稿をやめて、急遽コロナ禍における学びに関する原稿を書きました。そのほかの原稿も後半になればなるほど、あらかじめ予定していたテーマを書くのではなく、その時々で最も書きたいこと、伝えたいことをまとめるスタイルに変わっていきました。その結果、本書では筆者の関心事である、「学び方」の多様性に関する話題が多くなっています。そのため書いている内容に多少の重なりがあるのですが、それだけ強くお伝えしたい内容であると考え、書籍化にあたって調整は最小限度にしています。

さて、本書のテーマは学びの多様性です。タイトルにも使われている「ラーニングダイバーシティ」は、私の造語で、一人ひとり異なっている学びのあり方を尊重できる社会への、期待を込めた言葉です。学びの多様性と言われても、ピンとこない読者の方もおられるかもしれません。これまでの教育では、子ども自身が「自分に合った学び方を選ぶ」ことや、「自分なりの学び方を学ぶ」ことが軽視されてきた経緯があります。しかしながら、教育は一人ひとりの学びの多様性を尊重する方向で根本的な変革を求められています。本書では、「認知機能の個人差」「発達障害」「不登校・ホームスクーリング」「学校改革」「特別支援教育」「ニューロダイバーシティ」など、子どもたちの学びの多様性に関するさまざまなテーマを取り上げました。こういった複数の視点から、子どもたちの学びの多様性を尊重することがなぜ大切なのか、またそのために何を実現することが必要なのかを、読者のみなさんにお伝えできればと思っております。

ラーニングダイバーシティ(学びの多様性尊重)というテーマは、私の手に余るとても重要で大きなテーマです。多岐にわたる観点の中で、私の力不足、知見不足で書けていないことも多くあるかと思いますが、その点をご留意のうえで読み進めていただけますと幸いです。多くの人がこのテーマに関心を寄せ、議論と変革の輪に加わっていただければと願っています。

おわりに

最終稿を書き終わった今、これまでの原稿を全部通して読み直してみると、やはりそこに時の流れを感じずにはいられません。5歳だった息子は10歳になり、私自身の働き方や生活スタイルも連載開始当初とはまったく違うものになりました。コロナ禍以降は自宅で仕事をする時間が圧倒的に多くなり、日中の多くの時間を息子と2人で家にいるようになりました。また本書を含めて4冊の単著と、4冊の共著・分担執筆の本を世に送り出しました。どれも、連載を開始した2019年の時点では、まったく想像もできなかった出来事ばかりです。第1稿で私は、「10年後と言わず数年後の未来を予測することすら非常に困難な時代に突入している」と書いたのですが、まさかたった5年後の自分の人生がこんなに予測不能だとは思っていませんでした。でもきっと読者のみなさんの中にも、私と同じように感じている人が少なからずおられるのではないでしょうか。それくらい、激動の時代を私たちは生きています。

だからこそ、この本でお伝えしたかったこと、「学びの多様性が尊重され、一人ひとりに合った学び方を選択できる教育の実現」の必要性は、高まり続けているように思います。

「落ちこぼれ」る子どもがいなくなるための教育ではなく、全員が自分のペースで学ぶことで落ちこぼれという状態がそもそも存在しない教育を。

「不登校」の子どもを減らすための取り組みではなく、どこで学んでも大丈夫な不登校という概念自体を過去のものにする教育を。

「障害のある」子どものための特別な教育の拡充だけではなく、すべての子どもが自分の特性や状態に合わせた学び方を選択できる教育を。

できるだけ近い将来に実現するための方法を、私たちは本気で探らなければならないのだと思います。幸いなことに新しい教育の取り組みが、すでにいくつも芽吹き始めています。たくさんの課題はあるもののラーニングダイバーシティの夜明けは近い、そう希望を感じます。本書がその流れの後押しに、ほんの少しでも役立てばと願っています。

目次

はじめに

第1稿 ラーニングダイバーシティとは何か

なぜこの問題が重要なのか
自分語り
架空事例①:宿題に疲れ果てるA太
架空事例②:支援学級で低学年課題にずっと取り組むB子
架空事例③:「息子さんは勉強も進学も無理」と言われて激怒する母C美
属人的問題と認識することの限界
日本の現状をデータで紐解く
「一生涯学び続ける」が必須の時代がやってくる
ラーニングダイバーシティ時代の胎動

第2稿 発達障害とラーニングダイバーシティ

発達障害の子どもたちへの学習支援ニーズの高まり
学年が上がると学習困難児が減っていく不思議
学びの困難が子どもたちに与える影響
間のない両極端な方法論
学習障害とは何なのか?
「学ぶ方法の多様性尊重」の重要性

第3稿 コロナ禍とラーニングダイバーシティ

予想外のコロナ禍
子どもたちの「学びの多様性」と「コロナ禍」
ポストコロナ時代のラーニングダイバーシティ
多様な教育ニーズへの波及効果

第4稿 認知機能の個人差と学び方の多様性

教育における「個」への関心
「正しい学び方」の呪縛
「認知機能の個人差」という視点
認知特性による学びの個別性
安易な認知機能トレーニングへの警鐘
認知機能に関するリテラシーの必要性

第5稿 学び方の選択肢としてのホームスクーリング

増え続ける不登校の子どもたち
教育機会確保法
ホームスクーリング、ハイブリッドスクーリングへの注目
「家で学ぶ」ことの実際問題
内申点の壁
日本型ホームスクーリングのすすめ

第6稿 これからの日本の教育とラーニングダイバーシティ

三つの教育提言
子どもたちは「多様化」したのか?
「学び方」の多様性
認知特性の理解
現場への落とし込みへの期待

第7稿 特別な教育的支援が必要な子ども「8.8%」と学びの多様性

調査に関する基本情報
支援を必要とする子どもが6.5%から8.8%へと大幅増加
学年別の傾向について
学びの多様性と困難を抱える子どもの関連

第8稿 変わりゆく学校の姿

とある教育現場から
既存の枠組みの中で実現可能なラーニングダイバーシティ
心理的安全性の重視
自己決定尊重の徹底
権力勾配を緩やかにする
仕組みで支える学びの多様性

第9稿 脳の多様性の視点から「学習障害」を捉え直す(前編)

ニューロダイバーシティ(脳の多様性)とは
ニューロダイバーシティと学習障害
学習障害の科学知見
「学習」の困難の多要因・多因子性

第10稿 脳の多様性の視点から「学習障害」を捉え直す(後編)

なぜ「読み書きの困難」は障害で「乗馬の困難」は障害ではないのか
教育現場の根強いニューロユニバーサリティパラダイム
「レンガモデル」の人間観と教育
「石垣モデル」の教育システムとは何か
そもそも「アコモデーション」が足りていない

最終稿 わが家のラーニングダイバーシティ

学校が始まらない!
コロナ禍の学び
学び方を学ぶこと
学校に行けない日々
子どもの学びにはコーチが必要だ
ラーニングダイバーシティの願い

おわりに

書誌情報