知的財産をめぐる法的問題とその調べ方(宮脇正晴)(特集:知的財産法のホットイシュー)

特集から(法学セミナー)| 2024.09.12
毎月、月刊「法学セミナー」より、特集の一部をご紹介します。

(毎月中旬更新予定)

◆この記事は「法学セミナー」837号(2024年10月号)に掲載されているものです。◆

1 はじめに

法学セミナー2024年10月号の書影。特集は「知的財産法のホットイシュー」

定価:税込 1,540円(本体価格 1,400円)

(1) 本特集のねらい

知的財産法になんとなく興味を持っている人は多いのではないか。たまに報道で見る、パクったパクってないとか似ている似ていないといったことが問題になる紛争を面白いと思ったり、自分や友人が何らかの創作活動をしていて、他人の権利を侵害していないか気になったり、逆に他人が自分の権利を侵害していると腹を立てたりなど、興味を持つきっかけは色々あるだろう。本特集はそんな人のために、最近話題になっている事柄を題材に、知的財産法(知的財産権)をめぐる様々な問題について紹介・解説することで、同法を学ぶ面白さを伝えようというものである。本稿は、そのための準備として、様々な知的財産権やその調べ方等について広く薄く紹介し、なんとなく全体像をつかんでもらうことを目的としている。

(2) 知的財産と知的財産権の種類

(a) 概要

「知的財産」というのは、財産的な価値を持っている情報を指すことが多い(「知的財産」を正確に定義するのは難しい)。物(有体物)とは異なり、情報は模倣(コピー)される。知的財産権とは、模倣のような知的財産の一定の利用行為を禁止することのできる権利や利益のことである。代表的な知的財産とそれに対応する知的財産権としては、次の表に掲げるものがある。なお、不正競争防止法(以下、「不競法」という。)は、特許権などのように、○○権といった権利を付与する法ではないが、同法2条1項の定義する「不正競争」の多くは知的財産の利用行為であり、その不正競争によって営業上の利益を侵害された者は、侵害者に対し後述の差止請求を行うことができる(不競法3条)。本稿にいう「知的財産権」は、このような不競法上保護される営業上の利益をも指すものとする。

大雑把に説明すると、「発明」は技術的なアイデア、「意匠」は物品や建築物等のデザイン、「商標」と「商品等表示」は営業上使用されるマーク、「商品形態」はその名の通り商品の形態、「営業秘密」とは隠されて管理されている技術上・営業上の情報、「著作物」とは創作的な表現である。

(b) 具体例で考えてみよう

例えば、次のような報道がなされたとしよう。

菓子メーカーのA社が、同社のチョコレート菓子として有名な『○○』と類似する形状のチョコレート菓子『△△』を販売したB社に対して、『△△』の販売の停止を求める訴訟を提起した。

この訴訟は、おそらく知的財産権の侵害訴訟なのだと思われる。知的財産権の特徴として、侵害行為の差止請求(侵害行為の停止・予防やそれに必要な措置の請求)が明文で規定されている(特許法100条など)ということが挙げられる。つまり、A社は、B社による特定のチョコレート菓子の販売がA社の有する知的財産権の侵害になると主張していることになるが、その知的財産権は具体的にはどのようなものだろうか。実は、上記の情報だけだと、この訴訟で問題になっている知的財産権が何なのかがわからない。どのくらいわからないかというと、上で挙げた知的財産権のうち、この訴訟では無関係と断言できるものが1つもない。

菓子の名称(『○○』と『△△』)がよく似ているということであれば、名称についての商標権の問題かもしれないが、ここではこれらは似ていないことにしよう。名称ではなく菓子の形状の類似性が問題になっているとすると、A社が拠り所としているのはデザインに関する知的財産権、すなわち、商品形態の模倣を禁止する不競法の規定(不競法2条1項3号)や、意匠権1)かもしれない。可能性は高くはないが、著作権2)でも食品の形状が保護できる余地はあるので、著作権もA社の請求の根拠に含められているかもしれない。更に、商品の形状であっても、その形状を見ただけで特定の出所に由来する商品であるとマーケットで認知されていれば、立体商標として商標登録ができる3)(つまり商標権の保護対象となる)ほか、不競法上の「商品等表示」(不競法2条1項1号・同項2号)としても保護される可能性がある。

あるいは、菓子が特定の形状であることに技術的な理由があるのであれば、その形状は「発明」として特許権で保護されているかもしれない4)。また、その特定の形状の菓子の製造方法が「方法の発明」として特許権で保護される可能性があり5)、そのような製造方法が特許出願されることなく秘匿されA社によって使用されてきたというのであれば、不競法上の「営業秘密」として保護される可能性もある。

(c) 知的財産権が関係する様々な分野

このように、特定の商品の製造販売を禁止できる知的財産権というのは多様であり、特にファッション・デザイン(本特集の小嶋論文を参照)などは複数の知的財産権によってパッチワーク的に保護することが通常になってきている。また、特許権というと薬や機械を保護する権利だと思われがちだが、上記の食品のほか、金融サービスやネット配信などさまざまな技術に関係しており、最近ではビデオゲームの分野でも特許紛争が話題になることも多い(本特集の前田論文を参照)。営業秘密(巷では「企業秘密」という方が通りが良いかもしれないが、法律用語としては「営業秘密」が正しい)については、上記の食品の製造方法なども含めた、商品の製造ノウハウや顧客名簿などが典型例であるが、企業の業績や営業に関する内部情報についても含まれうる(本特集の山根論文を参照)。

2 知的財産権について調べてみよう

(1) とにかく調べてみよう

上記の報道の話に戻ろう。上記の報道内容は極めて簡素で、通常はもう少し問題となっている権利がわかるような情報が含まれている。「商標権を侵害していると主張し」というようにはっきり示されている場合もあるし、そこまで権利が特定されていなくとも「混同を生ずると主張して」などと書かれてあるのであれば不競法2条1項1号に基づく請求がなされているのだろうと推測できる。そういった情報がなければ、どのような知的財産権が問題となっているかを知るためには、少し積極的に調べてみる必要がある。

「そもそもそんなことを知る必要はないのでは?」と疑問に思う読者もいるかもしれない。なるほどいいことに気が付きましたね。それは全くその通りなのだが、知的財産法を専門にしている人というのは、筆者を含め、知的財産に高い関心をもっており、知的財産や知的財産権について検討して議論するのが楽しいという人が多く、このようなニュースを見るとつい調べようとしてしまう人も少なからずいる。専門性が身につくと楽しさを感じる作業の例だと思って、以下を読んでほしい。

(2) チョコの発売日からわかること

(a) 不競法上の商品形態の保護期間は短い

まず調べる必要があるのは、問題となっているA社のチョコレート菓子『○○』(以下これを「Aチョコ」とする)の詳細である。例えばAチョコが最初に発売されたのがいつかがわかれば、その情報から推測できることがいくつかある。この場合、単に発売日を調べるだけでなく、今回問題となっているのは形状であるから、発売当初からその形状だったのか、あるいは発売当初は違う形状で、どこかの時点で現在の形状にモデルチェンジしたのかを確認する必要もある。仮にAチョコは発売当初から形状が変化していないとして、その発売日が現在から3年より前なのであれば、不競法の2条1項3号が問題となっている可能性を除外できる。この規定によって保護される商品形態は、最初の販売から3年間に限られるからである(不競法19条1項6号イ)。

(b) 発明や意匠の保護期間はそこそこ長いが、商標や商品等表示の保護期間はもっと長い

Aチョコが相当なロングセラーで、最初に発売されてから30年くらい経過しているとしよう。この場合には、不競法2条1項3号だけでなく、意匠権や、Aチョコの形状についての特許権も除外できる。これらの権利は特許庁に出願して、審査を経て登録されるものであり、出願時において公知(出願された意匠や発明について守秘義務を負っていない人が現に知っているか、そのような人に知られうる状態になっていること)なものは登録要件を満たさない。そうすると、仮にAチョコの形状について意匠権や特許権が取得されていたのだとしても、その出願は発売日より前であろうから6)、これらの権利の存続期間(意匠権の場合は出願から25年、特許権の場合は出願から20年で終了する7)から考えて、これらの権利についても除外できる。ただし、特許権については形状が公知であっても、製造方法が公知でなければ製造方法については特許権を取得できる可能性がある点には注意が必要である。Aチョコの最近の宣伝において「新製法によりサクサク感が大幅アップ」などの表現が見られる場合、その新製法について特許権が取得されており、その特許権が問題となっているのかもしれない。

Aチョコが上記のようなロングセラーなのだとすると、形状に係る商標権や不競法2条1項1号が問題となっている可能性が高い。商標権の存続期間は登録後10年であるが、商標権については何度でも更新が可能である(商標法19条)。不競法2条1項1号の場合は、商品等表示が需要者(一般消費者や取引者を含む概念)の間に広く認識されている状態(このような状態を「周知」という)が存続している限り、保護は続く。その理由は次の通りである。

特許権の存続期間が満了すると、対象となっていた発明が自由に実施できるようになる結果、ジェネリック医薬品のような安価な商品が出回ることになり、このことは社会にとってメリットがあるといえる。他方、商標の利用を自由にしたところで、社会的にはデメリットしかない。自分が信頼していたブランド名(商標)が、ある日突然誰が使ってもよいことになった世界を想像してみるとよい。その世界では、もはやそのブランド名を信頼して商品を購入できなくなる。商標や商品等表示のような営業上の標識は、標識そのものではなく、それに化体した事業者の信用が保護の対象であるため、その信用が続く限りは保護できる仕組みになっているのである。

(3) 登録型の知的財産権を調べてみよう

(a) 商標権を調べてみよう

問題となっているのがどんな権利なのか、特許情報プラットフォーム「J-PlatPat」を利用して調べる方法がある。J-PlatPatは、独立行政法人工業所有権情報・研修館が運営している、特許庁の所管する産業財産権(特許権、実用新案権、意匠権及び商標権)の出願・登録情報等を検索できるデータベースで、無料で利用できる。例えば、上の例で問題となっているのがどうも商標権なのではないかと推測される場合、J-PlatPatの商標検索で調べることができる。

商標検索の「出願人/権利者/名義人」にA社の社名を入れると、A社が出願ないし権利を保有している商標の情報を得ることができる。このヒット数があまりにも多い場合には、なんとかして絞り込む必要がある。文字列が含まれている商標であれば、その文字列で検索できるが、今回問題となっているのは形状(立体商標)であるので、その手は使えない。よく見ると商標検索に「商品・役務」という欄があり、ここで「区分」か「類似群コード」を指定できるようになっている。これを使ってみよう。

商標権というのは、商標を特定の商品や役務(サービスのこと。「えきむ」と読む)に使う権利であるため、商標登録出願においては、商標だけでなくその商標を使うことを予定している商品や役務を指定する必要がある。このようにして指定された商品や役務を「指定商品」又は「指定役務」という。この商品・役務の指定は政令(商標法施行規則)で定める商品及び役務の区分に従ってしなければならない。また、特許庁は、審査の便宜のために商品・役務に類似群コードというものを付している。区分や類似群コードは、J-PlatPatの商品・役務名検索で調べることができる。この商品・役務名検索の「商品・役務名」の欄に「チョコレート菓子」と入力して検索すると、チョコレート菓子の区分は第30類で、類似群コードが「30A01」であることがわかる。

ここまでわかれば、商標検索に戻って、「出願人/権利者/名義人」にA社の社名を入れるのに加えて、「商品・役務」の欄に類似群コードとして「30A01」を指定し、更に、「検索オプション」として「立体商標」にチェックを入れて検索すると、相当程度絞り込むことが可能であろう。例えば、「出願人/権利者/名義人」に「株式会社明治」と入力して、類似群コードと検索オプションを上記のように指定して検索すると、同社が『きのこの山』や『たけのこの里』の形状について商標登録していることがわかるだろう。

(b) 意匠権を調べてみよう

問題となっているのが意匠権の場合、J-PlatPatの意匠検索を使う必要がある。意匠権の保護対象である「意匠」は物品、建築物又は画像のデザインであり(意匠法2条1項)、意匠権は登録意匠と同一又は類似の意匠の業としての実施行為に及ぶが(意匠法23条)、ここでいう「類似」とは、単にデザインが似ているだけでなく、物品の意匠の場合、物品についても類似性が求められる(建築物の意匠の場合は建築物の類似性、画像の意匠の場合は画像の用途の類似性が、それぞれ求められる)。そこで、意匠検索においては、物品等を指定して検索することができるようになっている。
ということで、意匠検索で、物品名として「チョコレート菓子」、「出願人/権利者」としてA社の社名を入力して検索すれば、候補となる意匠権が見つかるはずである。

(c) 特許調査は難しい

特許権の場合は、検索の難度が上がる。意匠権や商標権とは異なり、権利範囲が商品カテゴリと紐づけられていないからである。特許権は特定の技術(発明)の業としての実施行為に及ぶものであり(特許法68条)その特許権の及ぶ技術の範囲(これを「特許発明の技術的範囲」という)は、願書に添付した「特許請求の範囲」の記載に基づいて定められる(同法70条)。上記の例の場合、チョコレート菓子の構造か製造方法のどちらかについて特許権が取得されている可能性があるので、J-PlatPatの特許・実用新案検索で、出願人/権利者」としてA社の社名を入力するほか、「請求の範囲」の欄に「チョコレート」等の検索語を入力して調べてみるとよいだろう。

(4) プレスリリースを調べてみよう

(a) 決意表明のなぞ

J-PlatPatで検索する場合、問題となっている権利の登録番号や出願番号がわかっていれば、一発で検索することができる。通常、報道にそのような番号まで記載されることは稀であるが、訴訟を提起した当事者のウェブサイトのプレスリリースで言及されていることはたまにある。例えば、A社のウェブサイト上に、次のようなプレスリリースが掲載されているとしよう。


当社は、B社に対し、B社が発売したチョコレート菓子『△△』の構造がA社の保有するチョコレート菓子の構造についての特許発明(特許第xxxxxxxxx号)と同一であり、その製造販売が当該発明にかかる特許権を侵害するものと判断し、東京地方裁判所に訴訟を提起いたしました。
当社は、知的財産権を重視した経営をしてきており、知的財産権を侵害していると思われる行為には、今後も毅然と対応してまいります。

このように特許の登録番号が明記されていれば、より簡単に調査することができる。それはそうと、上記のプレスリリースを見て、「最後の一文は不要では?」と思った読者がいるかも知れない。たしかに不要に思えるが、このようないわば決意表明で締めくくられることがこの種のプレスリリースではよくある。その理由について説明しよう。

(b) 権利侵害を指摘するリスク

A社としては、B社が模倣品を売っていると考えており、その模倣品が流通するのを防止したい。そのためには、B社の商品を扱っている多数の流通業者に警告をする必要がある。しかし、だからといって、「B社はA社の特許権を侵害している。その侵害品を扱っている流通業者がいれば、そいつも特許権侵害で訴えるから覚悟しろ。」というようなプレスリリースをすることは非常にまずい。

特許権の効力範囲である、特許発明の業としての実施行為には、特許発明を具現化した製品を販売することも含まれる(特許法2条3項)。したがって、B社の行為が特許権侵害に該当するのであれば、その侵害品を流通させる行為も特許権侵害に該当するのは確かである。問題は、B社がA社の特許権を侵害していなかった場合である。

A社が特許権侵害でB社を訴えたものの、A社の請求は棄却され、その判決が確定したとしよう。この場合、A社による「B社はA社の特許権を侵害している」との言明は結果的に虚偽の事実を摘示したものとなる。不競法2条1項21号は、「競争関係にある他人の営業上の信用を害する虚偽の事実を告知し、又は流布する行為」を不正競争としている。A社のプレスリリースにより流通業者が萎縮してB社の商品の取り扱いを辞めるなどの損害が発生した場合、B社はこの不正競争を理由として、不競法4条に基づきA社に対し損害賠償請求ができることになる。

不競法のこの規定自体は知的財産権を問題にするものではないが、この規定が問題となった裁判例の多くが、知的財産権関連の紛争がらみのものである。その理由の1つとして、知的財産権の侵害の成否の判断は難しいということが考えられる。A社としては十分な調査のもと訴訟に及んだのだとしても、訴えられたB社としては必死に公知文献等を調査して、問題の特許発明の出願前の時点でよく似た技術が存在していたことを突き止めるかもしれない。その場合、A社の特許は特許要件を満たしていない発明に対して与えられたことになるため、B社は特許庁に無効審判を請求して、特許権を遡及的に消滅させる(最初からなかったことにする)ことができる(特許法123条及び125条)。また、B社はA社から提起された侵害訴訟において、A社の特許が上記審判によって無効にされるべきものであることを主張立証した場合には、A社はB社に対し特許権を行使できなくなる(特許法104条の3第1項)。商標や意匠が類似しているかどうか、不競法2条1項1号や同項3号の不正競争になるかどうかや、著作権侵害の成否(これについては後述する)についても難しい問題がたくさんある。

以上を要するに、他人の行為が知的財産権の侵害に当たることを公然と指摘するのはリスクを伴う行為である。競争関係が無いなどの理由で、上記の不競法2条1項21号が適用されないケースであっても、名誉毀損が成立する可能性があるし8)、虚偽の権利侵害の事実を理由にYouTube等のプラットフォームに通知して動画が削除された場合、そのような通知が不法行為となる場合もある9)

(c) 決意表明の理由

プレスリリースの話に戻ろう。以上のように、A社としては敗訴した場合のリスクを考えると、「B社はA社の特許権を侵害している」などと表明することはできない。これに対し、「B社の行為をA社が特許権侵害と判断し、訴訟提起した」との表明については、たとえA社が敗訴したとしても、この表明の内容自体は虚偽ではない。ただし、これだけで終わるのはB社の(潜在的な)取引先への警告としては物足りない。しかし、上記の理由から「侵害品を扱うな」などといった直接的な表現はできない。そこで、決意表明の一文が追加されることになるのである。

3 法の趣旨を考えてみよう

(1) パクリ≠権利侵害

上で述べた通り、知的財産権の侵害の成否の判断は難しい。読者の皆さんの大半にとって、最も身近な知的財産権は著作権だと思われるが、著作権侵害の成否の判断についてもやはり難しい。おそらく、一般の方々が「パクリ」と感じる例の大半は、著作権侵害には該当しない。それは何故だろうか。

著作権法の大原則に「アイデアは保護しない」というものがある。著作物とは創作的な「表現」であり(著作権法2条1項1号)、表現の元になっているアイデアは含まれない。また、同じアイデアに基づくと他に選択の余地が殆ど無いような表現は創作的でないとされている。ここでいうアイデアとは、例えば「密室で発見された死体が他殺によるものであり、その犯人と殺害方法を主人公が推理と調査によって明らかにする」というようなものである。このようなアイデアが独占されると、探偵小説を創作することが困難になってしまう。

著作権法は皆がパクリだと思うものを禁止するための法ではなく、文化の発展(著作権法1条)のための法である。ここでいう文化の発展とは、多様性であると考えられており、上記の例でいえば様々な探偵小説が世の中に登場することである。そのためには、先行作品と創作的な表現が共通しておらず、アイデアが共通するに過ぎない後発の作品は許容する必要がある。

(2) アイデア不保護の難しさ

ところで、イラストの「画風」についてはアイデアだと一般的には考えられ、画風が共通しているだけでは著作権侵害にはならない。そうはいっても、生成AIに大量に自分の画風に似たイラストを出力されたら、イラストレーターとしては納得しがたいところがあるだろう。生成AIと著作権をめぐる問題が炎上しやすい原因の1つには、著作権法の伝統的な理解と一般的な感覚のズレがあるようにも思われる(生成AIの問題については、本特集の髙野論文を参照)。

4 おわりに

以上のように、知的財産権をめぐっては様々な論点がある。本稿ではあちこちに話が飛んでしまったが、知的財産法の複雑さや知的財産問題について調べることや考えることの楽しさの一端を感じていただければ幸いである。もし本特集を読んで、より深く知的財産法について勉強してみたいと思った方は、まず平嶋竜太ほか『入門 知的財産法〔第3版〕』(有斐閣、2023年)、茶園成樹編『知的財産法入門〔第3版〕』(有斐閣、2020年)などの入門書を読んでみるとよいだろう。

(みやわき・まさはる 立命館大学教授)

本特集の目次

  • 知的財産をめぐる法的問題とその調べ方……宮脇正晴
  • AIと著作権法……高野慧太
  • ゲーム特許で学ぶ特許法……前田 健
  • コスプレから考えるファッション・ロー……小嶋崇弘
  • 営業秘密――意外と身近で、予期せぬトラブルに要注意……山根崇邦

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脚注   [ + ]

1. 例えば、よっちゃん食品工業は、「くし付きいか」の形状について意匠権を保有していた(意匠登録第1224266号)。
2. 食品の形状について著作物性を認めた裁判例はないが、椅子の形状に著作物性を認めた例(知財高判平成27・4・14判時2267号91頁)や、建築物の外観に著作物性を認めた例(知財高決令和5・3・31令和5年(ラ)第10001号)がある。
3. 例えば、明治は、「チョコレート菓子」を指定商品として、『きのこの山』の形状を商標登録している(商標登録第6031305号)。検索方法については本文で後述する。
4. 例えば、側面に切込みが入っているという切り餅の構造に関する発明についての特許権(特許第4111382号)を保有している越後製菓が、側面に切り込みの入った切り餅を販売する佐藤食品に対して特許権侵害訴訟を提起して、多額の損害賠償を得た事件がある(知財高判平成24・3・22平成23(ネ)第10002号)。
5. 例えば、ロッテは中空筒状のプレッツェル(『トッポ』として商品化されている)の構造及び製造方法につき、特許権を保有していた(特許第2894946号)。
6. 出願前に意匠や発明を自ら公知にした出願人を救済する規定はあるが(意匠法4条、特許法30条)、ここでは考えないものとする。
7. 意匠権につき、意匠法21条1項(もっとも、30年前の意匠権の存続期間は現在とは異なっているが、その点は考えないものとする)、特許権につき、特許法67条1項。なお、権利が発生するのは出願の時ではなく登録の時である。
8. 東京地判令和5・10・13令和2年(ワ)第25439号においては、被告が原告のイラストについて、被告のイラストをトレースしたものとSNS上で指摘等した行為が名誉毀損に該当するとされた。
9. 大阪高判令和4・10・14令和4年(ネ)第265号等がまさにそのようなケースである。