(第78回)経済再生優先判決と名付けた判例群(高須順一)
【判例時報社提供】
(毎月1回掲載予定)
経済再生優先判決
抵当権の物上代位に基づく不動産賃料債権差押えの効力に関する一連の判例群
①最高裁判所平成10年1月30日第二小法廷判決 【判例時報1628号 3頁】
②最高裁判所平成10年3月26日第一小法廷判決【判例時報1638号74頁】
③最高裁判所平成13年3月13日第三小法廷判決【判例時報1745号69頁】
④最高裁判所平成14年3月28日第一小法廷判決【判例時報1783号42頁】
⑤最高裁判所平成14年3月12日第三小法廷判決【判例時報1785号35頁】
私は昭和63年4月に弁護士となった昭和最後の弁護士登録世代である。当時はいわゆるバブル経済の全盛期であり、午前中に買った不動産を午後には転売して利益を得るなどという信じ難い、狂騒的な時代であった。そのバブルがあっという間に弾けた。以後、日本経済は失われた30年と言われる不遇のときを迎える。私の弁護士としてのキャリアは、バブル経済の破綻をめぐる法律問題解決のために奔走することで積み重ねられてきた。不動産の価値は下落し、抵当権は無力化の危機を迎えていた。そのような中で抵当権の効力を維持、強化する一連の判例が出現する。なかでも抵当権の物上代位に基づく不動産賃料債権の差押えの効力に関する一連の判決(上記①ないし④の判例がこれに該当する。⑤は賃料債権ではないが同列に論じることのできる判例である)は、日本経済を再生させることへの最高裁判所の強い意志のようなものを感じさせる判例群であったと思っている。①は賃料債権の譲渡との関係で物上代位の効力を認め、②は一般債権者の差押えとの関係でも効力を認め、③は賃借人による相殺は抵当権者に対抗できないとした。④は敷金充当の効力を、⑤は転付命令の効力を、それぞれ抵当権者との関係でも認めた判例である。一筋縄ではいかない判例群である。
平成16年には法科大学院教育がスタートした。以来、私も専任教員として学生に民法を教えているが、この判例群のことを「経済再生優先判決」と名付け(拙著『ロースクール民事法』酒井書店、2009年)、毎年、必ず説明するようにしている。抵当権に基づき不法占拠者に対して明渡請求を認めた最大判平成11年11月24日判例時報1695号40頁や、いわゆるサブリース判決(最三小判平成15年10月21日判例時報1844号37頁)などもこの時代の危機を反映したものである。法は厳正にして中立でなければならない。しかし、同時に社会の動向に常に関心を払い、渡世の人々の幸福に向けた努力を怠ってはならない。そのようなことを考える契機となった格別の思いのある判例群である。
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1959年生まれ。公益財団法人日弁連法務研究財団常務理事。元日本弁護士連合会司法制度調査会委員長。
著書に、『詐害行為取消権の行使方法とその効果』(商事法務、2020年)、『行為類型別 詐害行為取消訴訟の実務』(日本加除出版、2021年)、『新・マルシェ債権総論[第2版]』(共著、嵯峨野書院、2023年)、『民法と倒産法の交錯―債権法改正の及ぼす影響』(共著、商事法務、2023年)、潮見佳男先生追悼論文集(財産法)刊行委員会編『財産法学の現在と未来』(共著、有斐閣、2024年)など。