『国際金融』(著:植田健一・服部孝洋)
はじめに
■本書のねらい
本書の特徴は、伝統的な教科書でフォーカスされてきた為替の日常的な動きを説明することにとどまらず、その奥にある経常収支や金融収支の動向を解説するとともに、非日常的な通貨危機、国際収支危機、国家債務危機についての議論も盛り込み、最後にはグローバリゼーションの意義を展望するという構成で、バランスよく「国際金融」の諸問題をカバーしている点にあります。為替の日常的な動きを理解することはもちろん重要ですが、近年とりわけ国際金融市場における危機が頻発していることから、本書で為替のほかに取り上げている国際的な経済危機に関するトピックは、政策担当者や金融の実務家、学生など、幅広い読者にとって必須の内容であるとともに、関心の高い問題でもあると感じています。そしてこれらは、経済学の世界でも、近年とくに研究が進んでいる分野でもあります。
本書は、二人の経済学者が共同で執筆しました。両者とも、現在は大学に所属していますが、かつて実務家や政策担当者としての職に就いていた経験を持っているという点も、本書の大きな特徴です。本書を執筆したきっかけは、著者の一人 (植田) が、東京大学大学院経済学研究科および公共政策大学院で行っている国際金融の授業の内容をわかりやすくまとめ、財務省の若手研修の一環として講義をしていたことです。その講義をもう一人の著者 (服部) が活字化したうえで、為替やデリバティブなど金融市場との関係を中心に加筆し、二人で修正を繰り返して完成させました。
その結果、本書は、学生はもちろん、銀行・証券会社・保険会社などに勤める金融の実務家や、政府・国際機関の政策担当者が、国際金融を学ぶうえで基本となる経済学の理論・実証研究の主要な成果を網羅的に解説したものとなりました。さらに、そのような実務の現場で必要となる制度的な知識もバランスよく盛り込んでいます。
本書を執筆する際には、最先端の経済学研究を厳密かつ数理的に説明するのではなく、それらのコンセプトの直観的な理解を促すような解説を行うことに努めました。たとえば、日本経済に関する調査・研究をする場合、日本経済の状況や歴史に関しては、日本で一定以上の教育を受けている読者には、ある程度の前提知識があり、そのうえで対応できると思います。しかし、国際金融となるとそうはいきません。そこで本書では、国際金融システムを理解するために筆者らが必要だと考える背景知識や概念を、できる限り盛り込んで説明しています。
さらに、本書は国際金融に関する有益かつタイムリーな内容もカバーしています。近年、世界金融危機や欧州債務危機、コロナ禍、各地での戦争など国際情勢の不安定化、エネルギーや食糧の問題、急激なインフレ、発展途上国の国家債務危機など、世界全体に影響を与える大きな出来事が続いています。そのため、国際的な経済のつながりを考慮して危機に備えることの重要性はますます大きくなっています。直近では円 / ドル相場の変動が大きく、為替介入などの話題も世間的に大きな注目を浴びてきています。本書は、こうした今まさに直面している問題についてもコンパクトに解説したうえで、主要な参考文献を適宜紹介しています。
■本書の構成
本書は 3 つの部で構成されています。第 I 部では、平時のマクロ経済の動きである景気循環と経済成長に対して、国際金融システムがどのような影響を与えるかを考えます。その中でも、とくにマクロ経済の主要な指標と国際収支との関係を説明します。第 II 部では、為替市場という金融市場に焦点を当てて、重要な話題を幅広くカバーします。第 III 部では、経済危機を国際金融的な側面から解説します。基本的には、各章で独立して読めるように配慮しています。
第 I 部の第 1 章と第 2 章では、シンプルな国際マクロ経済学のフレームワークを使って、国際金融取引の構造的な概念を理解するための解説を提供します。第 1 章では、ほぼ同じ経済発展段階にある国同士の国際金融取引を、消費の平準化とリスク・シェアリングの観点から説明します。第 2 章では、先進国と発展途上国という異なる経済発展段階にある国の間の投資リターンの裁定という観点から国際金融取引を説明します。
続く第 3 章と第 4 章では、実務的なコンセプトを説明します。第 3 章では、国際収支統計の仕組みについて説明します。第 4 章では、国際収支を決定づける貯蓄・投資バランスの概念を説明します。そのうえで、国際通貨基金 (IMF) において最近行われている国際収支の評価の考え方を説明します。
第 II 部では、外国為替について解説します。第 5 章では、世界の為替制度と為替市場の様相を説明します。第 6 章からは、為替レートの決定に関するいくつかの理論と実証研究を俯瞰します。第 6 章では、財市場における裁定 (購買力平価) との関係に注目し、為替レートがどのように決まるかを議論します。また、第 4 章で導入した貯蓄・投資バランスという国際マクロ経済学のアプローチから、為替レートについて議論します。第 7 章では、金融市場としての為替市場の仕組みを説明しつつ、金利の裁定 (金利平価) という考え方に基づいて為替レートを議論したうえで、実務的に必要なデリバティブの説明も行います。また、2020 年以降円安が進み為替介入が話題になりましたが、第 8 章では日本の為替介入を詳しく取り上げます。
第 III 部では、国際金融危機・経済危機の問題について、アジア金融危機や世界金融危機など具体例を多く示しつつ、説明します。第 9 章では、データからみた過去の経済危機の特徴を紹介します。第 10 章では、通貨危機と国際収支危機について理論と現実の両面から解説します。その際、ここでの理論の基礎となっている銀行危機の理論についても説明します。第 11 章では、多くの国が国債を海外投資家向けに販売していることから、国際金融資本市場の危機と捉えられている国家債務危機について説明します。そこでは、とくに関連の深い国際法上の問題点も指摘しつつ、経済学に基づく考え方を説明します。第 12 章では、複合的な危機 (通貨危機、国際収支危機、国家債務危機、銀行危機が同時にいくつか起きること) の解説をします。最後に第 13 章では、軍事上の危機や保護主義に端を発する、グローバリゼーションからの揺り戻しの含意を解説します。加えて、デジタル化とともに今までのドルを基軸通貨とする国際通貨体制の変容を議論し、今後の展望を俯瞰します。
■謝辞
この分野での植田の知的な資産の大部分は、シカゴ大学大学院におけるマクロ経済学と計量経済学の基本的な知識の上に、博士号取得直後に就職して 14 年超も勤務した IMF において、多くの同僚や上司との仕事を通じて培ってきたものです。とりわけ世界金融危機 (欧州債務危機も含む) の際に、同僚とともに集中的に過去のさまざまな国際金融危機を短期間で理解する必要に迫られ、「的確な政策とは何か」を突き詰めて考えたことは大きな財産となりました。植田は、IMF で上司であった Stijn Claessens 氏 (現イェール大学) からはとくに多大な影響を受けました。また、チーフエコノミストであった Kenneth Rogoff 氏 (現ハーバード大学)、Raghuram Rajan 氏 (現シカゴ大学)、Olivier Blanchard 氏 (現ピーターソン国際経済研究所) の各氏からも、大きな影響を受けました。ここですべての方々のお名前を挙げることはできませんが、これまでの職場やセミナー、カンファレンスなどでの、多くの方々からの刺激と支援に感謝いたします。
植田は、東京大学の学生から、授業でのやりとりを通じて、新鮮な見方を示してもらいました。宇随佳さん (現マサチューセッツ工科大学博士課程) をはじめ、直近の約 4 年間は東京大学経済学部の植田ゼミの学生に、本書の原稿をそれぞれの段階で読んでもらい、わかりにくいところなどを指摘してもらいました。また、先述の財務省での研修でも、約 4 年間にわたって若手官僚の皆さんに原稿を読んでもらい、細かいところまで丁寧に誤りなどを指摘していただきました。
植田が IMF 時代から始めた研究課題の 1 つに、グローバル・インバランスがありますが、それはシカゴ大学のクラスメイトでもあった Alexander Monge-Naranjo 氏 (現欧州大学院) との共著で、またその後東京大学で同僚であった Konstantin Kucheryavyy 氏 (現ニューヨーク市立大学) も加わりましたが、二人とは活発な議論をし、とくにさまざまな示唆を得ました。また、それに関連するトピックで大学院生の森戸泰正さん (現ウィスコンシン大学博士課程) と論文を共著することとなり、その過程でもさまざまなことに気付かされました。
なお、この研究課題に対しては、日本学術振興会の科研費 (グローバル・インバランスの数量的、実証的研究:20H01487) をいただいており、その意味で、本書にご支援をいただいております。
前述のとおり、本書の執筆は財務省における植田の講義を服部が活字化したことがもともとの経緯です。服部は、その際に財務省財務総合政策研究所で同僚であった山崎丈史氏や、冨田絢子氏、また、論文の共著者でもある石田良氏に本書を書くうえでサポートいただきました。本書の校正プロセスなどでは、かつて財務総合政策研究所で同僚だった田村泰地さんに加え、服部のリサーチ・アシスタントだった東京大学経済学部および大学院経済学研究科の安斎由里菜さん、國枝和真さん、新田凜さんには細かく原稿をチェックしていただきました。
また、植田・服部ともに、日本評論社の経済セミナー編集長の尾崎大輔さんには、最後まで激励をいただき、出版に漕ぎ着けました。ありがとうございました。最後に、これまで長い間筆者を支えてくれたそれぞれの家族に、この場を借りて感謝します。
目次
- 第I部 国際金融の基礎
- 第1章 国際金融システムと国際景気循環論のコンセプト
- 第2章 先進国・途上国間の国際金融取引
- 第3章 国際収支統計の仕組み
- 第4章 貯蓄・投資バランスと国際収支
- 第II部 為替制度と為替レート
- 第5章 為替制度と為替市場
- 第6章 財市場と為替レート
- 第7章 金融市場と為替レート
- 第8章 日本の為替介入
- 第III部 経済危機と国際金融システム
- 第9章 データから見た経済危機の特徴
- 第10章 通貨危機・国際収支危機
- 第11章 国家債務危機
- 第12章 複合的な危機
- 第13章 国際金融システムの変遷と課題
書誌情報など
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- 『国際金融』
- 著:植田健一・服部孝洋
- 紙の書籍
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定価:税込2640円(本体価格2400円)
- 発刊年月:2024年11月
- ISBN:978-4-535-55992-9
- 判型:A5判
- ページ数:220ページ
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