『その心理臨床、大丈夫?—心理臨床実践のポイント』(編:遠藤裕乃・佐田久真貴・中村菜々子)

一冊散策| 2018.09.25
新刊を中心に,小社刊行の本を毎月いくつか紹介します.

はじめに

臨床現場に出たばかりの若手セラピストは、とにかく熱心です。目の前のクライエントの語りに揺さぶられつつ、これまで学んだ理論と技法を、クライエントの問題解決に役に立てようと意気込み、奮闘します。実践あるのみ、無我夢中で取り組むうちに、「それなりの見立てができるようになった」「面接の方針が立てられるようになった」と手応えを感じるようになるでしょう。その一方、「丁寧にアセスメントして面接方針も説明しているのに、クライエントの反応が乏しい」「クライエントに寄り添っているつもりなのに、なかなか本音を言ってもらえない」「面接が展開していると思っていたのに、クライエントから突然、終結を切り出された」といった、セラピーの「行き詰まり」も必ず経験します。

本書は、初心者レベルのセラピストの誰もが経験する、典型的な「行き詰まり」の場面を集め、そうした場面を打開するためのポイントを探究したものです。

第1部の事例編は、「感じる・気づく」パートです。主人公は5人の若手セラピストたち。それぞれ、精神力動的心理療法、応用行動分析、認知行動療法を学び、意欲に燃えています(すべて架空事例です。編者自身の過去の苦い失敗経験と、勤務校などでの臨床指導経験をブレンドして作成しました)。5人のセラピストは、アセスメントもセラピーの導入作業も、これまでの学びと経験に基づいて精一杯やっています。しかし、なぜか空回りして、面接は行き詰ってしまいます。この先、どうしたらよいかわからない、完全なお手上げ状態に陥ります。

そして、この5人のセラピストはスーパーバイズを受けることで、活路を見出します。彼らのスーパービジョンで味噌となるのが、1事例につき流派の異なるスーパーバイザー2名に指導を受けるというセッティングです。スーパーバイザーは、限られたワンセッションで、セラピーのどこがどう行き詰っているのかを見抜き、バイジーが自力で取り組んだプロセスの肯定的側面にも目配りし、バイジーの資質を開発するように、バイザーのアプローチのノウハウを伝授してくれます。主人公たちは、2名のスーパーバイザーの着眼点の違いに驚きながらも、最終的に流派を超えた心理臨床実践の共通ポイントを発見します(実際には、編者らがロールプレイで事例の中の若手セラピストを演じ、スーパーバイザーにコメントしてもらうという模擬スーパービジョンの過程を録音記録し、それを紙上に再現しました。スーパーバイザーはいずれも編者たちがその実力を信頼するベテラン臨床心理士です)。読者の皆さんは、読み進むにつれ、悩める若手セラピストに同一化し、ご自分もスーパービジョンを受けているような臨場感を味わい、融通無碍なスーパーバイザーの言葉に、ワクワク、ドキドキすることでしょう。そして本書を読み終わった後には、「明日からの臨床をコツコツがんばろう!」という前向きなエネルギーを感じていただけることと思います。

第2部の理論編は、「整理する・概念化する」パートです。心理臨床実践の困難に関する研究と臨床指導の経験が豊富な臨床心理士に執筆を依頼しました。このパートでは、心理療法の効果とプロセスが理論的に整理され、3つの流派(精神分析的心理療法、認知行動療法、ソリューション・フォーカスト・ブリーフセラピー)における「行き詰まり」が明確化され、それに対する処方箋が提示されます。第1部の事例編の若手セラピストたちが、スーパービジョンを受けて、「なるほど!」と感じ、気づいたことを、読者は、第2部の理論編により、言語化・体系化できるという趣向になっています。

第1部は、どの事例から読んでいただいても構いません。悩める5人の若手セラピストが、読者のあなたと一緒にスーパービジョンを受けることを待っています。

2018年7月
編者一同

目次

はじめに

第1部 事例編

1 教室に入れなくなった中学2年生男子・タロウくん
家族は子どもの能力の問題というけれど、背景に根深い家族問題がある場合は?
1-1 事例紹介
1-2 学校臨床実践はみんなで一緒に作っていく……岡本かおり
1-3 家族となめらかに手をつなぐということ……小尻与志乃
1-4 解説

2 職場での対人関係上の問題を訴える30代女性・ハシモトさん
本人が挙げる問題の背後に重大な別の問題が考えられる場合の対応は?
2-1 事例紹介
2-2 セラピスト自身の「べき思考」に巻き込まれないで……田中恒彦
2-3 セラピストがクライエントと同一化してしまっていないか……宇都宮真輝
2-4 解説

3 遷延するパニック障害をもつ40代男性・カタヤマさん
面接はそれなりに続くものの、大切なところをつかんでいないように感じる場合の対応は?
3-1 事例紹介
3-2 認知行動療法が認知行動療法として成り立つ条件とは……田中恒彦
3-3 認知行動療法はあくまでひとつのツール……加藤 敬
3-4 解説

4 様々な症状をあわせもつ小学4年生女児・リコちゃん
本人は現状維持で精一杯、母親の不安が高い場合はどうしたら?
4-1 事例紹介
4-2 ややこしくなったら基本形に戻る……加藤 敬
4-3 できていることに目を向けて……東 俊一
4-4 解説

5 小学2年生で自閉スペクトラム症の診断を受けた男児・ユウキくん
今すぐペアレント・トレーニングに参加すること、それって本当に効果的?
5-1 事例紹介
5-2 どの問題の解決を求めているのか……東 俊一
5-3 課題を周囲と共有できるか……岡本かおり
5-4 解説

第2部 理論編

6 裏側からみた心理療法の効果のエビデンス……岩壁 茂
7 Step0から始める認知行動療法……杉山 崇・井上夏希
対象者の準備状態と症状の意味の多面的アセスメント
8 精神分析臨床における「0期」の大切さとセラピーの導入を巡って……岩倉 拓
その勇み足に気をつけて!
9 ソリューション・フォーカスト・ブリーフセラピーの落とし穴……伊藤 拓
「解決」に焦点を当てる際の留意点

おわりに

書誌情報など